卑南遺跡のその価値から、宋文薰教授は1982年に現地に野外博物館を建設することを提案したしました。何年もの討論の末、1991年には政府は遺跡を卑南文化公園とすることを決め、第一期の計画面積は18.4ヘクタールとなりました。計画は発掘調査の進展にあわせる形での進行となり、監督施工は中冶環境造形顧問公司に委託され、1994年から工事が始まりました。1999年までに第一期計画の施設のほとんどが完成しました。しかし不運なことに工事期間中に近隣の農民による公園内道路拡張を要求する抗議が起こり、数年にわたる話し合いも成果はなく、ビジターセンターの施工完了後使用許可がなかなか下りないという結果となりました。その後行政院観光発展推動小組が介入し、問題は解決しました。2002年12月、卑南公園ビジターセンターは正式にオープンし、台湾ではじめての遺跡公園が誕生しました。
公園計画の理念は、遺跡を青空の下の博物館とみなすというもので、遺跡との共存の理念を表現し、また20世紀末の建築技術レベルを余すことなく発揮するため、建物のデザインやレイアウト、材質の選択は慎重に行われました。地下の遺物の分布の密度から、公園西側の緩やかな斜面は施設利用エリアと原生植物栽培エリアとし、東側は大草原として作られました。ビジターセンターは傾斜地に合わせる形で1階建ての4段設計となっていて、大径間集成材トラス構造でグレーのステンレスタイルで覆われており、広々とした空間を持ち、外観はすっきりしています。アーチ型の入り口広場は集成材とスチールチューブで梁を作り、ちょうど殻のような構造になっており、見た目にもしっかりしています。開放型ステージ(屋根のないステージ)は自然の地形をそのまま利用しアーチ型観客席を作り、周囲の起伏した地形にとても合っています。公園全体の施設は強い主張をせず、緑の自然環境に溶け込んでいます。
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